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剣道部歴代師範歴紹介

佐藤 卯吉(さとう うきち) 剣道範士九段

佐藤卯吉

明治28年2月1日大阪府に生まれる。大正8年東京高等師範学校体育科)剣道専攻)卒業。同校専攻科に入り、教育哲学を専攻。卒業後は同校助教授。高野佐三郎先生退官後は主任教授として学年指導に当たる。その後東京学芸大学教授、同大学附属豊島小学校長中京大教授、東京都小金井市教育委員長、同市体育協会副会長東海大学講師等を歴任。その間、東京都剣道連盟理事長、全日本剣道連盟理事・評議委員・相談役茗友会会長として剣道界に尽瘁。この間先生は深くキリスト教を信じ、高潔なる人格をもって常に愛の道を説かれる。勲三等瑞宝章。昭和50年6月14日ご逝去。

 

三橋 秀三(みつはし ひでぞう) 剣道範士八段

三橋秀三明治37年6月20日愛知県岡崎市に生まれる。岡崎中学卒業。東京高等師範学校体育科及び研究科卒業。岐阜県師範学校教諭をへて昭和6年、母校東京高等師範学校の剣道教官として奉職。高野範士のもとで理論研究。同校助教授。東京体育専門学校教授兼東京高等師範学校教授。静岡大学教授。岐阜大学教授並びに名誉教授。

中京大学体育学部長を歴任。定年退職後は中部大学にて剣道部師範を務める。その間、全日本学校剣道連盟審議委員会委員長など剣道界に尽痒。剣道界においては実際家であり、特に理論家として周知のごとくである。

昭和49年勲三等旭日ちゅう章受賞。

 

近藤 利雄(こんどう としお) 剣道範士八段

近藤利雄明治44年4月20日愛知県知多市に生まれる。半田中学、育英商業と剣道部に所属。中学卒業後名古屋の武徳殿支部で門奈正先生に指導を受ける。その後剣道の教育家を志し、武専出身の浅井秀信先生のもとで修行に励む。昭和7年より1年間軍隊、除隊後私立東邦商業の講師として奉職。

東邦商業を就任5年目に大日本武徳会主催の全国青年剣道大会中学の部で優勝。戦後、浅井先生を中心に剣道復興に立ち上がり、昭和21年ジャパニーズ・フェンシング協会を設立。土川元夫名鉄会長などの応援で全国大会を開催。しない競技が誕生すると東邦商業より中京商業に移る。そして中京商科短大、中京大学と剣道部長として中京大学剣舞の基礎を築く。主な弟子に榊原正、鈴木守治の全日本選手権者をはじめ、小石原七郎、山本重夫、前田治雄、惠土孝吉、細田銉郎、林邦夫の各氏がいる。近藤勁助、重助の兄弟は子息である。

東レ愛知工場(全日本実業団3回優勝)、東レ名古屋工場(同大会3回優勝)また愛知県の各実業団の剣道師範を勤める。現在は少年剣道指導に力を注ぎナオリ剣道教室、明道館、いづみ館道場、健礼会道場、半田文化センター、中日文化センターで少年の育成に情熱を傾けておられた。

 

伊保 清次(いほ きよつぐ) 剣道範士八段

伊保清次大正9年、福岡市に生まれる、福岡師範学校、東京高等師範学校卒、土浦海軍航空隊を経て海軍兵学校教官時代に終戦をむかえる。戦後は高校教諭を歴任し、警察大学剣道主任教授、国士舘大学師範、日本武道館講師等を勤め、中京大学体育学部武道学科主任教授。全日本剣道連盟常任理事を歴任される。

小学校3年で剣道を始め、福岡師範での占部誠、東京高師で高野佐三郎、佐藤卯吉、森田文十郎、中野八十二等、当代一流の剣士の指導を受ける。福岡師範時代、主将として全国中等学校大会に3回優勝。東京高師時代にも主将として全日本学生に優勝、同個人選手権大会に優勝している。戦後は第9回全日本選手権大会優勝のほか東西対抗勝ち抜き戦に4回出場し計26人を抜く。昭和54年範士八段選抜優勝大会に優勝。昭和44年第1回剣道使節としてヨーロッパ全土を巡り、どう50年外務省から剣道使節としてオーストラリア、ニュージーランドに派遣された。第2回世界剣道選手権大会に日本チームのコーチを務め第5回大会でも日本チームの監督をつとめる。平成11年8月11日ご逝去

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